じょんしゅう日記

映画や本の感想が中心

みんぱく電子ガイドについてのメモ書き

2015年位に書いたメモなので情報古いです。

国立民族学博物館…1974年(昭和49年)創設、1977年(昭和52年)11月開館

日本万国博覧会アルジェリア館、インド館、オンタリオ州館、スイス館、せんい館[横尾忠則デザイン]、インド館、インターナショナルプレース4[途上国の共同利用館]の跡地)

みんぱく電子ガイド
¶おおもとのコンセプト――博物館から博情報館(博情館)へ
梅棹忠夫の考え
・「ここ〔みんぱく〕は博物館とはいいますが、ひろくものをあつめているのではなく、ひろく情報をあつめている。だから博情報館――博情館だとわたしはいっている(笑)。ここは情報のかたまりなのです」(梅棹忠夫 1999(1983) 「博物館から博情館へ」 『情報の文明学』 p.189)
みんぱくは1970年代から映像情報自動送出装置ビデオテーク(1977年)やメインフレームコンピュータ(1979年にIBM370-138)を導入している

◯博情(報)館での概念の展示
・1993年、梅棹の主張を引き継ぎ、博情館を実現する新しい展示を作る構想
・そのころの、みんぱくの会合で、ある委員から博物館では概念を展示することは出来ないと言われた→「本当にそうだろうか」
・モノによる展示…概念の展示は出来ない
・マルチメディア展示…概念の展示も出来るのではないか(栗田 2000 p.59)
※ちなみに公式サイト開設は1995年

¶実務的な課題
◯外国語の解説
・「民博への外国人来館者のなかで多いのは韓国・朝鮮人であり、つづいて中国人である。それとともに英語での解説パネルも設けると、展示壁は解説パネルで一杯になってしまう。これをどうするかが困った問題であった」(栗田靖之 2002)

◯この展示品はどのように、誰が使うのか
・来館者から多く寄せられる上記の疑問に、専門家がその場で答える必要があるのではないかという問題

¶ビデオテークとの関係
・開館時から設置されているビデオテークに対し、電子ガイドをどう位置づけるか
・電子ガイドは、まず気になったことを調べる事典のようなもの
・ビデオテークは、より詳しく調べるための新書版のようなもの(栗田 2000 p.61)

→こうした一連のコンセプトに基づいて開発されたのが「みんぱく電子ガイド」

¶端末
初代
・1999年5月13日~:携帯情報端末PDA:Personal Digital Assistant)※民博と松下電器株式会社の共同開発
・システム:各展示エリアに設置された赤外線装置が個々の端末の位置情報を取得し、無線LANでサーバーに送信。サーバーからそのエリアのメニューを個々の端末に送信(つまり別のエリアのメニューは閲覧できない)。
・重さ:975グラム
・画面サイズ6インチ(カーナビを参考に)※栗田2002による。ただし栗田 2000では画面は7.8インチと書いてある
・稼働時間80分
・イヤホンジャック2つ
・2000年から英語版、2001年から中国語版が稼働

2代目
・2007年~:ソニーPSP(多分PSP-1000)
・システム:スタンドアロン型。つまりどこでも好きなメニューを閲覧可能。
・重さ:約1/3(PSP-1000なら約280g、2000は約190gなので多分みんぱくのものは1000)
・稼働時間:約4倍(約320分)
・イヤホンジャック1つ
・日本語版、英語版、中国語版、韓国語版

次世代型(実験中)
・2014年に、スマートフォンタブレットを用いた次世代電子ガイドの実験が行われた
iPhoneなどを持って対象エリア内に入ると端末に通知が来て、いろいろ閲覧できる
・つまりネットワーク接続型に回帰する可能性が高い?

参考
大学共同利用機関法人人間文化研究機構「平成19事業年度に係る業務の実績及び中期目標期間(平成16~19事業年度)に係る業務の実績に関する報告書)https://www.nijl.ac.jp/pages/outline/images/gyoumujisseki19.pdf
国立民族学博物館公式サイト「みんぱく電子ガイド」http://www.minpaku.ac.jp/museum/exhibition/main/digitalguide
◯栗田靖之 2000 『みんぱく電子ガイド』 千里文化財
◯栗田靖之 2002「国立民族学博物館における『みんぱく電子ガイド』の開発」、『全科協ニュース』Vol.32. No.6(通巻第187号)http://mobile.kahaku.go.jp/report/feature/news-2-2.html
梅棹忠夫 1999 『情報の文明学』 中公文庫